老いるにつれて子どもに戻るという。
それを人は我儘だとか自己中だとかいうけれど、要は、構って欲しいのだと思うのは母を見ているから。
そんな母の性質を物心ついた頃から知っているお陰で、もう50代になろう娘がいまだ親の呪縛から逃れられずにいる。
子どもの義務ー、近くに住んでいないことでの罪悪感から週に一回は電話を掛けるようにしている。
いつでも第一声は、
ーあんた?なんか用?今出掛けるところだったんだけど。
迷惑そうにされるのが関の山。それでも掛けなければと半ば義務のように何かに急き立てられ実家の番号を押してしまうのだ。
「もしもし、今、大丈夫?」
「あぁ、あんた。どうしたの?これから夕飯食べようと思ってたんだけど。」
こんな何気ない会話の中にも老いを感じる。
時計を見れば、まだ18時前。私がまだ実家にいた頃の夕飯は20時が当たり前だったのに。
「ならいいや、どうしてるのかなって思っただけだから。」
「そう・・まぁ色々あるけど、まぁいいわ。」
「色々って、何?」
「まぁね・・まぁいいのよ。色々ね。」
含みを持たせた言い方に苛々を抑えつつ、それでも聞く姿勢を持たなければならない。
この面倒なやり取りはいわばコース料理の前菜のようなもので、母からしたらメインの愚痴吐きを始める前のお遊びなのだ。
根気強く聞けば、伯父が株で大損をしたという。
それにより、今住んでいる持ち家を売却することになりそうだと。
だがその家も築年数は経っているうえ、なかなか良い値で売れそうもないらしい。
安い中古マンションに住み替えをしたいのだが、老後の生活を考えればなるべく利便性のようところが良い。だがそんな物件は当たり前だが高く手が届かない。
「本当、大変よ。だから株なんてギャンブルのようなことはするなって言ってたのに!あんな豪邸に住んでるんだから大人しくしてりゃいいものを。姉さんもまさか今になって旦那の尻ぬぐいをすることになるなんて可哀想に。まだうちみたいに、何の役に立たなくてもだらだら寝ているだけの方がマシだわよ。」
伯父は定年まで真面目に働き続け、定年後は嘱託社員になりつつ株を趣味としていた。
N恵が株をしているのも父親の影響が大きいに違いない。
母の声が、姉を心配する声に聞こえないのは気のせいだろうか。
いや、気のせいではない。
ほのかに喜んでいるような興奮しているような、リアルなエンタメに興じているような声。
「姉さん達、N恵の家に転がり込めばいいんじゃない?それがいいわよ、孫の面倒だって見てるんだしさ、部屋だって空き部屋の一つ二つあるでしょうに。」
自分の人生に半ば諦めを持った人間は、今度は自分より下にいる人間と比較して自分の立ち位置に安堵したがる。
私は母の興奮した声を聞きながら、N恵のことを思い浮かべる。
電話を終え、N恵にラインでメッセージを送る。
やはり母のように、なんとなく興奮した気持ちを持ちながらもそれを抑え、文面では誠実さを装う。
母の血が、私の中にもしっかり流れている。