期待などしていなかったお誘いに胸が弾んだ。
前田さんが学校近くで何度かランチをしたことがあるというお勧めの店に2人連れ立った。
店前に、小さな黒板。お洒落な手書きのメニュー表。ランチはドリンクとサラダ付きで1000円ちょっとといったところ。
何度かランチ―という言葉にちょっとばかり心がざわついていた。私以外の保護者とも、こうして気軽にランチをして来たのか―と思うと、これ以上、付き合いの発展は見込めないなと浮足立った心にブレーキを掛けるのが私の悪い癖。相手側からしたら、気軽に誘ったママ友以下のただPTAで知り合った程度の知人が腹の中でこんなことを考えていると知ったらキモイと思う。
「同じもので。」
優柔不断な私なので、メニューを自分の意思で選ぶとなると迷いに迷ってなかなか決められない。すると相手に迷惑を掛けるので、余程気心の知れた間柄ならともかく、こういう気を遣う相手とのランチは「同じもの」という言葉が最適解。
先に、サラダが運ばれて来た。彩り豊かな豆入りサラダ。ふっと沈黙が続くことに耐えられず、互いの共通点である面白味のないPTAの会話。
「どうにかスケジュール通りに進んでますよね。冬休み前には生徒や先生からのコメントが貰えるといいんですけど。」
すると、前田さんはくすっと笑いながら、
「芝生さんって、真面目ですね。」
出た。
真面目ですねの言葉。
真面目そうだねっていう、一件、誉め言葉に聞こえるこの台詞は、実は相手をディスっている。真面目そうイコール融通が利かない。真面目そうイコール詰まらない。真面目そうイコール・・
頭の中でぐるぐる真面目というネガティブワードの意味を辿っていたら、前田さんは話題を突然変えた。
「PTA、やってたらちょっとは受験に有利かなって思ったんだけど。全然、意味なかったです。中学までですかね。結局、指定校も総合型も無理でした。」
「はぁ・・」
なんて言葉を掛けたら良いのか、ちょっと絶句していると、
「お子さん、合格しました?」
咄嗟に、彼女の手前嘘を付いた方が良いか?と思ったけれど、それも違うなと思い素直にそのままの結果を伝えた。
「合格貰ったんですか!?いいなー。もう受験終わりじゃないですか!羨ましい!」
心底羨ましそうな顔をする彼女に、なぜか申し訳なさを感じて、嘘ではないけれど言わなくても良いことを付け加えた。
「いや、でも本命じゃないし。そこは行くつもりがない感じだから。まだ受験は続きます。」
「え?勿体無い!滑り止めってことですか?でも合格貰えたんだからやっぱり安心ですよー」
そう言いながら、今度は聞いてもないのにペラペラ落ちた大学名を羅列し始めた。
そこは、超難関校ばかり。義実家らでもその大学名を出せば一目置かれるレベルだし、あいちゃんの芸大並みに世間からは高評価とランク付けされる。
だが、受験するのは誰にでも出来るよねーという私の心を見透かしたのか、そうではなく他の人に伝える際もそういった心の声を感じるのか、更にペラペラと受けた大学の倍率の高さ、一次は合格したこと、その一次の倍率は並大抵ではなかったことーなどを自慢げに語るのだ。
そして、
「うちの子、マーチレベルは行きたくないって言うんですよ。それなら浪人するって。でもね、浪人ってやっぱりきつくないですか?一昔前と違って、今の時代に浪人はないでしょ。私はマーチでもいいと思ってるんですけどね。合格一個でもあれば、安心して一般で本命受ければいいわけだし。でも何度言っても駄目。本当、あの子ったら頑固で。下の大学なんて受かっても意味が無いって言うんですよ。」
取って作ったような困り笑顔が鼻に付く。マーチレベルを馬鹿にしている彼女は、息子はともかくそれ以上の大学レベルを卒業しているのだろうか?
義実家だけではなく、ここにもあそこにも、大学ブランド、一流企業ブランドを鼻にかけ、それで人生万事OKだと信じている輩に苛立ちを覚える。
私が昔通っていた短大でも派遣だらけの職場でもそうだった。自分にプライドを持てない分、付き合う相手が東大だったら早稲田だったら慶応だったらと自慢して、そうじゃない三流大の恋人を持つ友達をせせら笑っていたりした。今度は結婚し、息子や娘にシフトしていくのだ。子ども達が可哀想、親の身勝手なプライドに人生を付き合わされて。
それに、ただ難関校を受験しただけで、彼女の中でランク外を受験し合格した子よりもうちの息子の方が上といった風なマウントは、聞いていて見苦しい。
「これ、美味しいですね。どうやって作るんだろう?」
メインの鶏肉料理、ソースはフレッシュなバジルをたっぷり使ったジェノベーゼだろうか。鮮やかなグリーンとふわっとイタリアンな風味が口の中一杯に広がる。
絶対に作ることなどないけれど、私は肉を大きく切り口の中に放り込んで咀嚼する。
咀嚼している間は話さなくていい。こういう形でしか反発出来ない自分が不甲斐ない。
私がこれ以上、彼女のプライドをくすぐることは無いのだということを知り、妙に空気がぎこちなくなった。食べている料理と再びPTAの話題に戻り、会話が途切れ途切れの詰まらないランチタイムとなった。
子持ちの主婦は、旦那と子ども、時々親や親戚ーそれしか話題が無いと独身女性から言われがち。
主婦というだけで、くだらないし詰まらない人間というカテゴリで括られる。
自分自身の話題がないからー生産性がないからーキラキラした未来の話題がないから。
だからせめてもと、こういう華やかなプレートランチを出す店で、客になり、現実逃避をするのかもしれない。それでも自分という主体の無いしがらみだらけの呪縛からは逃れられないのだけれど。
受験校マウント
わたし
