独身実家暮らしの兄弟と8050問題

スロットマシン 生活
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 周期的に訪れる、義務感のひとつ。
それは、母に電話をすること。
コロナ禍により、ランチやお茶は激減したけれど、5類になったことでそれも復活しそうな兆し。
様子見の連絡は、年老いた親を持つ子にとって当たり前の行為なのかもしれないけれど、
いつだってそれは苦痛を伴う。



実家に電話をするのに伴う緊張感

 自分の実家なのに、電話を掛ける時はいつだって気を遣う。
掛けるタイミングが悪くはないかー、何か用事をしているかもとか。
しかし、暇を持て余していたり誰かに何か話したくなって苛々している母を想像すると、居ても立っても居られない。
話し相手にならなくてはーと娘としての義務感が湧くのだ。
そうして、外出しているのか電話に誰も出ないとほっとする。
着信が残っているのだから、私が電話を掛けた事実が残っているぶん、義務は果たしたと納得出来る。
いい加減、この呪縛から逃れたいのに。
どっちにしても、モヤモヤするならと行動を起こす方に賭けてしまう。


手帳に付けているサイン

 手帳を繰ると、気付けば前回母と電話をしてから2週間以上経過していた。
母から着信があり、折り返したあの日。

母は、電話代を気にする。勿論、私に面と向かっては言わないけれど、伯母と電話でやり取りする際についてもそんな話をして来る。

「この間は姉さんから電話があって、1時間も話したからね。今度はうちから掛けないとね。電話代、あっちにばっかり持たせるのも嫌なのよ。この物価高でしょう?」

ラインなら通話料が掛からないと言っても、その設定が面倒だからと伯母は頑として譲らないらしい。
母世代は、やたらとガラケーに固執しスマホに変えなかったりと、かえって損している部分もあるというのに何より「変化」に「適応」する力が衰えて来るのだろう。
時代の移り変わりにすら、ついていけない自分達を責めるのではなく時代を責める。情緒のない時代になったと。



パチンコと弟

 この日は2コールで電話に出た母。
一通り、最近の愚痴をダーッと捲し立てる。
自分の体調不良のこと、父や弟の世話が大変だということ、毎日疲れて自由になりたいということ。

「大変だね、少しは休んだら?」

「私がやらなくて誰がやるのよ。あんたは一緒に住んでないから分からないわよ。どれだけ私が精神的にも肉体的にも大変かなんて。」

 労わりの言葉も、母の機嫌によっては癇に障るらしい。
もうそうなると、何を言っても無駄なのだ。
そして、何かあったなーと娘としての勘が働く。
この場合、大抵「悪い方」の何か。

「あの子、また辞めたのよ。」


ーあぁ、やっぱりね。でも今回はまだ続いた方なのではないか。


 弟が仕事を辞めた。
これで何度目だろう。
成人してからまともな職についたことなどなくーそれは私も同じなのだけれどそれ以上にー、ふらふらしていることが多い。
恐らく、年収は扶養内くらいといったところか。
まだ若い頃は、父がコネを使っていくつもの仕事を紹介したりもしたのだけれど、それだって欠勤続きからの我儘な退職だったり、精神がどうのこうので続かない。

 母は不安なのだ。
ただそれを、弟にはぶつけず私にぶつけるのだ。
それも遠回しなやり方で。
とにかく仕事が続かない、先が見えない。
この日も仕事探しをせずにふらふらパチンコへ行ったらしかった。


「一人暮らし、させたら?実家にいるから生活出来るし、いつまで経ってもふらふらしてるんじゃない?」

「あの子も優しいのよ。私はいつだって私達のことを気にせず出て行ってくれて構わないって言ってるのよ。でもね、私達を置いて出て行くのは心配なんだって。何かあったらって思うと、やっぱり俺でもいた方がいいでしょ?って。それにあの子、仕事ある時はちゃんと家にお金だって入れてくれてるし。」


 仕事があれば、月に3万程入れてくれると言う。
ただ、3万払って食費と家賃と光熱費ーと思う私の心を見透かすように、


「今は強盗とかも多いし。あの子が家にいてくれるだけで用心棒になるのよ。」

「でも、ちゃんと貯金とか出来てるの?仕事探しもせずにパチンコって・・ちょっと呑気過ぎやしない?」

「さあね。してるでしょ。知らないわよ。何とかなるでしょ。パチンコだって、儲けてる時はすごいのよ。先月はね、びっくりしちゃった。一日で10万稼いで来たのよ。あの子優しいから半分くれたの。」


 ぞっとした。とても怖い。
10万稼いだということは、逆に10万損する日もあるということ。
母は何故それに気付かないのだろう?
いや、恐らく気付いている。
気付いているのに見ない。
見えない振りをしている。

 いずれ先のことを考えると、ギャンブルに嵌っている家族を持つことに不安を感じる。
今は、両親がいるから年金やらで生活の保障は出来ているけれどー。
それだっていつまでもつか分からない。
母はまだ父に比べてピンピンしているけれど、それだって分からない。
いずれ認知が出て来るかもしれないし、そうなった時のお金の管理とか・・弟にさせるのだろうか?パチンコに嵌っている弟に?


子ども部屋おじさん

 子ども部屋おじさんー略して「こどおじ」の弟。
時々バイト、自称パチプロという名のお気楽なニート暮らし。
本人は、本業がパチンコで副業がバイトだと言う。
今でいう、「ダブルワーク」だそうだ。
社会的には扶養内程度の年収であっても、合わせたらサラリーマンと同様だと本当だか嘘だか調子の良いことを言う。
衣食住が与えられている分、傍目に暮らしは出来ているし、今のところ誰に迷惑を掛けている訳でもない。
ただそれは、年金暮らしの両親という盾がいるから。
その盾が無くなった時、どうなるのだろう。


「借金とか、まさかしてないよね?パチンコも、趣味程度に留められればいいけど、金銭感覚麻痺しそうだしちょっと怖いな。」

「あんたには迷惑掛けないわよ。何よ、もしかしてカズヒロさんに何か言われてるの?」


 イラっとした調子で尋ねる母。夫は弟の件では何も言わないどころか無関心なのに。


「言われてないよ。」

「そう。まぁ、あの人もうちのことなんて無関心っていうか関わりたくないだろうしね!別にこっちも何かしてもらうつもりも無いしね。どんな顔だったかも忘れたわ。」


 夫が弟のことで何か言ったら言ったで文句を言う癖に、そうでないと「無関心で非情な男」だというレッテルを付ける。
確かに母の言うことも一理あるのだけれど、それを私にぶつけられてもどうしようもない。
母は、随分長い間、私の実家に顔を出さないままの夫に対しては怒りを通り越しての呆れと諦め、もう「赤の他人」という意識しかないらしい。
ついに、葬式にも呼ばないでと言われてしまった。
あの件がずっと母の中で尾を引いているのだ。

婿としての及第点

 実家の引っ越しは、弟がいても人手を必要とするもので、私も手伝いに行ったけれど男手として夫が来なかったことについていまだ母は根に持っている。
そもそも、普段から夫に対して良い印象など持ってはいないのだけれど、母の中であの引っ越しは、婿を試す最後の手段だったのだ。
無愛想でもなんでも、形に見える引っ越しを手伝うという行為。
これがなされて母の中で婿としての「及第点」を付けるつもりだった。
だが、そのテストすら受けなかった夫はあっけなく落第してしまった。

「ま、あの人は私達のことなんて無関心なのよ。」

 いつからか、母は夫のことを「あの人」と呼ぶようになった。
呼び捨てであってもまだ呼称で呼んでいた頃が懐かしい。
母の中で何かがぷつんと切れて、完全に他人になっていた夫。
もう修復は不可能だ。


相手に点数を付けることで我が身を守る

 母には育てて貰った恩義がある。
しかし、いつからか人間的に好きではない部分が増えて、今では母との電話を切る度に「毒親」というキーワードに支配される。
婿に付ける点数は、即ち、娘に付ける点数だ。
そして、母にとって耳が痛い話ー、溺愛する息子について言及されれば、その話題を避ける為に私にとっての痛い話にすり替える。
母親ー、それはいつだって娘を純粋に愛せない生き物なのかもしれない。
 

 8050問題は、もしかしたら私の身に起きていたことかもしれない。
母は、私には一生独身でいても構わないと言っていたこともあったし、また結婚しても子を産んでも、冗談だか本気だか「離婚して戻って来たら♪」なんて冗談めかして言うこともしばしばあった。
さすがに子が高校生になり、もう諦めたのだろう。
だが、実際は離婚の危機だ。
夫と吉田さんのことを母に話したら、即離婚して戻れ!と上機嫌に怒るポーズを作るのが目に見える。

 母の理想のシナリオは、8050問題に陥るだろう自分達と弟ー弟だけでは心許ないので、出戻りでも娘がいること。
可愛い息子、でも不安な息子の面倒を見てくれる人間が傍にいることを見届けたうえで安心してあの世に行ける。
それが分かり過ぎるから、夫との不仲について母に語ることは出来ないし、変に期待を持たせる訳にいかないのだ。






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