デキル眼鏡

メガネ 仕事
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 朝、デスクの上に見慣れない眼鏡が置かれていた。
私のものではない、誰のもの?
隣に座る中山さんに聞けばいいのだが、彼とはもう一か月近く会話をしていない。
朝、おはようございますを何となく言うくらい。
それくらい、もう彼と私は仕事上の接点が皆無なのだ。

始業時間になり、背後から声を掛けられた。
派遣さんだ。


「すみません、昨日、置き忘れてしまって。」


 派遣さんが、私の目の前にある眼鏡を指さす。
裸眼の彼女を見たのは初めてで、クールで綺麗な人だった。
何故、彼女の私物が私のデスクに?と疑問に思うのと同時に、隣にいた中山さんが派遣さんに、


「昨日やってくれたデータ、完璧でしたよ!残業させちゃってすみません!」


「いえいえ、大丈夫です。あ、でも今日は予定があるので定時で帰りますよ~」


「勿論です!こっちの作業割り振りが悪かったから反省です。あ、これ。僕、甘いの苦手だからどうぞ。」


「え?いいんですか。これ好きなんです。ありがとうございます!」


 中山さんが出張に行っていた部下からの土産を派遣さんに手渡す。
皆、一つずつ貰っていたもの。老舗和菓子店の高級どら焼き。
派遣さんは嬉しそうにそれを受け取ると、自席に戻って行った。
中山さんが私の方をちらっと見た気がするけれど、気付かない振りでPC画面に視線を送る。
いつもの入力作業。カタカタとキーボードを叩く。


 意識を入力に集中しようとするが、タイピングミスを繰り返す。
頭の中は混乱していた。
昨日、私が昼に退社した後か?派遣さんは私の席で仕事をしていたということか?
中山さんの仕事を?
最近、派遣さんが彼の仕事を手伝っているのは知っている。その度、チャットでやり取りがスムーズではないところについては彼の席まで来て質問をしていたりもする。
私の時と違い、許される質問をしているのだろう。中山さんも愛想よく丁寧に説明をしている。
たまに、談笑のような、雑談程でなにしても和やかな会話を交わしている時すらある。

 彼の仕事をするのなら。
彼の隣の席ー、つまり私のデスクに派遣さんがいるのは自然な流れだろう。
むしろ、今の私の作業は、誰の隣だとかグループとか関係ないもの。
黙々とこなすのみなのだから、中山さんの隣である必要もない。
そうしてようやく、私は邪魔者なのだと気付く。
私が退社すれば、派遣さんがこのデスクを占領する。
午前中は私がいるから、わざわざ席を立って、中山さんに質問をしに来なくてはならない。
その逆も然り。中山さんが彼女の席まで行き、彼女のPCを覗き込んでいる時もあるのだ。

 誰彼に何を言われた訳でもない。
意地悪をされたり、不当な扱いを受けている訳でもない。
ただ感じるのだ。彼らにとって私は居てもいなくても良い存在以上に、鬱陶しい存在。
私が勝手に推測していること。
でも、こういう場合の推測は大抵当たる。昔から、こういうネガティブな勘だけはいい私なのだ。


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