変わらない人

横顔 わたし
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 敬語ママー
子が幼稚園時代、周りのママ連中に馴染めず孤立していた私にも変わらず声を掛けてくれた奇特な人。
彼女の話し言葉は、ため口ではなく敬語だ。
その敬語に一線を置かれている感はあるけれど、だが誰に対してもそうなのでそれがかえって心地良かった。
今でも思い出すと体中がむずがゆくアレルギー反応をおこすのではないかと思われるスネ夫ママやボスママらとも仲良く、だがある一定の距離感を持って接しているように見えた彼女はあのどす黒い意地悪な空気にまみれることもなく清らかな心を持ち続けた人だった。
まだパートに出る前、暇を持て余していた私を気に掛けてくれたのか、彼女主宰のボランティアに誘われたことを思い出す。あの会は結局馴染めずフェイドアウトしてしまったが、そんな私を責めることなく優しいメールで労わってくれた彼女。
出来た人なのだ。

 調味料が並ぶ通路で、少し立ち話をした。
互いの子ども達の話は、個人情報が洩れない程度のことで、今年は受験で大変だとか部活の話だとか。
今年、私の子も楽しい高校生活を送っているので笑顔で話せた。去年の私だったら、こんな他愛のない近況報告すら苦痛を覚えたに違いない。
ボランティア活動もまだ続けているようだ。誘われかけたが、働いていることーといっても週一事務パートと今日もやっていたポスティングだがー、を伝えたらあっさり引き下がってくれた。


「これからお金も掛かるし、忙しいですよね。」

 敬語ママも働いているらしい。しかも、フルタイムの契約社員。独身時代に働いていた職場からそろそろ子育ても落ち着いただろうと声を掛けられたのだという。
コミュ力のある人は違う。ボランティアやPTA活動、精力的にこなし誰からも好かれている彼女だからこそ、そういったコネクションだってタイミング良く発生するのだ。


「ちょっと、そこ邪魔だよ!」


 背中の曲がったお婆さんがカートを押しながら私達の間を割って通る。
それを合図に、私達の久々の邂逅はお開きとなった。


「じゃあ・・」


 私が名残惜しそうな顔に見えたのだろうか、彼女がおもむろに携帯を取り出し、ライン交換をしましょうと声を掛けてくれた。
私がメールアドレスも連絡先も削除したことを彼女は知らないはずだが、あれから携帯だって変わったのかもしれない。いや、そもそも彼女とはラインではなくメールでのやり取りだったのだ。あの頃、私はスマホを持っていなかった。


「お互い忙しいけど、今度、お茶でもしましょう。芝生さんは、パートの曜日とか決まってますか?」

「不定期で・・でも、連絡します。今月のシフトは帰ってからでないと分からないので。」

「私も、前もってなら有給申請出来るので。」


 こんな私とお茶する為に貴重な有給を取ってくれるのだろうか?嬉しい気もしたが、なぜかその気持ちに100%明るく応えられない自分もいた。
自宅に戻ると、彼女からメッセージが入っていた。
コミュ力ある人は、思い立ったらすぐ行動なのだろう。控えめなのに積極的な敬語ママは、やっぱり私とは人種が違う。


ー先程はどうも!夏は色々忙しくて、9月以降なら都合付きそうです。芝生さんのスケジュールが分かったら教えてくださいね。久しぶりにお茶出来ることを楽しみにしています^^


 仕事もしてボランティアもして、尚且つ高校でもPTA活動をがっつりしているらしい彼女。忙しいのは分かる。だが、そっちから誘っておいて9月以降だなんてーと少しがっかりする気持ちと、まだ先で良かったという気持ち。この矛盾する気持ちは一体なんなのだ?
そしてこの約束にもならない約束は、結局流れることになるのだろうなーと扇風機の風に当たりながら思う。


世界が違う人といると、疲れる。
それがどんなに良い人であっても。
ペースが違うこともあるけれど、何より、自分に何もないことが浮き彫りになり自己肯定感が下がるから。
でも、敬語ママはやっぱり敬語ママのままで、それが嬉しかった。
何年も空白の時間があって、多分偶然出会わなければ一生交わることもなかった人。
あの店で私を見掛けたとして、こちらはまったく気付いていなかったのだからスルー出来ていただろうし、私が逆の立場だったらそうしていただろう。
声を掛けたとして、彼女からしたらなんのメリットもない私なのだ。
それでも、声を掛けてくれてやっぱり嬉しかった。
誰に対しても変わらない人、時が経っても変わらない人、変わらないってすごいこと。
気が向いたら、ラインしよう。
そんなスタンスで、交わるかもしれないすれすれのラインで、彼女との関係はそれでいい。






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