冬期オリンピック。
人並みに観て応援してその時は楽しめるものの、今回のように時差があり決勝が深夜放送だったりすれば起きてまで観る元気はなく、翌朝のニュースでその結果を知ることになる。
スポーツだけでなく、韓流アイドルやミュージシャンの押し活など。嵌れる人間とそうでない人間の何が違うのだろうか?
今回、日曜の投票前。
やはり宗教の友達からガンガン電話が掛かって来た。一種、病的ではあるものの、ここまで人生をそれに賭けて、また結婚まで考えた恋人とも宗教観の違いから別れたりと、自分のすべてを捧げられるものがある彼女が少しだけ羨ましく思うことがある。
彼女にとって、私は旧友ではない。票集めの一人であるのみ。それでも人淋しい時は電話に出たりもしていたけれど、今回はそういう気分ではなく着信があっても折り返したりはしなかった。
それでも、いよいよ孤独になった時は投票にいかずとも電話に出て話したり、もしかしたら会ったりもするのかも。そういう意味でいえば、私も彼女を利用していることになるのだろうけれど。
例の、ちょっと推し活になりそうな男性の動画だけれど、有料会員でないと視聴出来ないようになった途端、気持ちがさーっと醒めてしまった。
あれから彼の動画を観ることはなくなってしまった。
嵌れない病、なのだろうか。
何に対しても、のめりこめない。のめりこめたら幸せなのに。対象が人でなくても、動物だっていい。切手やコイン、フィギュアやレコードなど、何かをコレクションする、それだっていい。
ただ生きているだけ、食べて出すだけなんて侘しい人生だ。我を忘れるくらいに嵌れるもの。子の受験が終われば、新しい仕事探し。まずはそこに全集中しなくてはならないのだけれど。
ハマれない病
わたし