職場での雑談

積み木 仕事
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 この職場は、雑談が殆ど無い。
デスクに向かっている時は、それぞれが集中してタスクをこなしているし、そうでない時はミーティングルーム。
業務上、個別にちょっとのやり取りをしたい場合は、社内ツールのチャット機能を使う。
私のシフトの殆どは、午前勤務。
なので、昼休憩で誰かとコミュニケーションを取るということも無い。
時々、昼をまたぐ時もあるけれど、何せ食欲がまったくないので駅ビルを一人ふらふら当てもなく彷徨って時間を潰す。

 
 ラグビーの試合の翌日。
職場に入ると、人がまばら。
小川さんと私の前と斜め前の男性はいたけれど、それ以外が島にいない。
ホワイトボードを見ると、直行の文字が並ぶ。
それぞれ、社外での仕事。


「じゃあ、これお願いします。」


 始業のチャイムが鳴り、以前も頼まれたことのある業務に取り掛かる。
だが、すぐに手順を思い出せず、ノートをぱらぱらとめくる。この時間が、既にロスタイム。
何とかメモを見付け、パスワードを入力し、システムに入りCSVファイルをダウンロードするが、文字化けしてしまう。
以前は、ちゃんと出来ていたのにー
小川さんに質問しようとタイミングを見計らうが、男性社員と雑談をしている。
昨夜のラグビーの話題で盛り上がっていた。どうやら、私の前の席の男性は、大学ラグビーをしていたらしい。どうりでガタイが良かった訳だ。
そして普段は無口なのはリーダーを始め、先輩社員がいるからだったようで、後輩やパートの私しかいない滅多にないこの機会、にこにこ柔和な顔で話し始めた。
それはもう、人が変わったかのように。

ーえ?この人、こんな人だった?

 斜め前の男性社員も、黙々と仕事をしているところしか見ていなかったので、そのキャラ変に驚く。
小川さんもいつものような緊張感は無く、リラックスした様子で雑談に加わっていた。
そしてその雑談は、昨夜、私も観ていた試合。


 あー分かる分かる!そうそう、そこはヒヤッとしたよね!と、会話に加わりたいところなのだけれど。
そんなお角違いな行動を取れるわけでもなく、カタカタとキーボードを打つ。
もう一度、CSVファイルのダウンロード。
いったいCSVとは何ぞや?の状態ではあるが、そこは言われるがまま手順に沿うのみ。
しかし、2度目も無理。
そんな私の隣で、小川さんが楽しそうに笑う。
年相応の、女の子。キラキラした笑顔。


 仕事がバリバリ出来たら、パートであっても彼らの雑談に入れたかもーなんて思う。
足手まといのおばさんが、雑談タイムに首を突っ込んで来たら、彼らも戸惑いを通り越してイラっとするだろう。
だが、楽しそうな輪の外でー、いや、レイアウト的にはその輪の中にいる状態で、ただ一人黙々と画面とにらめっこしながらCSVファイルのダウンロードを繰り返しているのは居たたまれなかった。
そしてそんな風に感じてしまう私は、彼らよりよほど精神年齢が低い。


「出来ましたか?」


 雑談も終わり、それぞれが仕事に戻るとすぐに小川さんは私に体を向き直して尋ねて来る。
情けないけれど、文字化けしたメモ帳を見せる。


「あー、これはですね。」


 困った顔をしつつも、一度教えた仕事だというのに初めから丁寧に説明してくれる。
この職場は、というか、小川さんは人間的に成熟している。
そんな彼女に仕事を教えて貰える私は、やはりラッキーなのだ。
いつか、いつか彼女と対等に雑談出来るくらい、それくらい仕事が出来るようになったら。
淡い夢を見る。
夢を現実にする為に、明日もまた職場に向かう。







 

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