両性授かった母親は、口を揃えて言う。
「息子は可愛い。目に入れても痛くない。」
私は娘が一人の母なので、その気持ちは理解出来ないけれど、あぁそうなんだろうなと想像は付く。
実母は昔から、世話のやける弟にかかりっきりで、文句を言いながらも可愛くて仕方がない。
それは、弟がおじさんになった今でもそうだ。
弟と私は普段、まるで気が合わないのだが、こんな時に限ってーというところで息がぴったり合うことがある。
実家にいた時からそうだ。
腹痛を起こしてトイレに行こうと思うと、高確率で先に弟が入っている。
冷蔵庫に後で食べようと楽しみにしていたフルーツも、食べごろという時に弟が平らげている。
給料が出たからとケーキを買って帰ると、弟もパチンコで勝ったからとコンビニスイーツを買って来るので冷蔵庫は甘いものだらけで折角のケーキが台無しだったり。
残業で帰りが遅くなり、父に駅まで迎えを頼もうとすれば、弟が車を使っているので無理だったり。
息が合うというか、タイミングが悪いというか、向こうは何とも思っていないのだろうが、私からしたら具合が悪い。
そんな最悪に気が合ってしまうタイミングに、久々だが出会ってしまった。
実母からの電話。
声が弾んでいるので、何か良いことがあったのだなとピンと来た。
話題は、例の騒音家族が引っ越したということ。
「ようやくお騒がせがいなくなったわよ。本当、最後まで非常識なの。挨拶も来ないんだからね。普通、一言詫びとみかんの一袋くらい持ってくるわよ。だって朝から引っ越しで物を運ぶ音はうるさいし、迷惑掛けてるってことに気付かないのかしら?本当、親の顔が見てみたいわ。」
母の不満を聞きながら、他人が私を見たらどんな親を思い浮かべるのかと想像してしまう。
受話器越しに、まるでBGMのように、母の言葉を受け流していたら、
「そうそう、あの子に買って貰っちゃった。去年、喜寿の祝いが出来てなかったからってね。新しい財布。」
ぎょっとした。
言葉を失うというのは、こういう時だ。
思わず、これから郵送しようと準備していた紙袋に目を移す。
「素敵な財布よ。一緒に買いに行ったの。本革でね、5万もしたのよ。」
私は去年、喜寿の祝いになけなしのお金と首を痛がっていたのでマッサージ器をプレゼントした。しかし、それを合わせても高かった。
こういう時、母は無神経だなと思う。
「また、パチンコ?」
つい、嫌味を言ってしまう。弟の羽振りが良いという意味は、仕事ではなくパチンコで勝ったという意味。
そんなあぶく銭で買ってもらった財布でも、可愛い息子からなら嬉しいものなのだろう。
私の嫌味に反撃するかのように、母は続ける。
「プレゼントはね、難しいわよ。だから一緒に行って買ってもらうに越したことは無いわ。
あぁ、そういえばあんたから去年喜寿に貰ったあれ。首のマッサージ器ね。あれ、良くなかったわ。余計に首がおかしくなってさ。中国製でしょう?駄目よ、日本製じゃなくっちゃ。あんたに言うのも悪いと思ったから今まで言わなかったんだけど。やっぱりこういうことはちゃんと伝えた方がいいかと思って。カートもそうだけどさ、ちゃんと良く見て買った方がいいわよ。あんた、外で恥かくわよ。親だから言うのよ。」
今、直に伝えていることに気付いてか気付かないのか、ペラペラと耳障りなことを言う母。
しかも、それを使っていたことにより更に首の痛みが悪化し、整形外科の医師からやめた方がよいと言われたらしい。
「折角のあんたからのお祝いだし、お父さんに要る?って聞いたら、そんな不良品要らないだってさ!」
大きな声で高笑いする母に、苛ついた。そして、涙が滲んだ。
あのマッサージ器を探すのにどれだけ労力をかけたか。あちこちの家電売り場を回り、店員に色々聞いて、ネットで口コミを見て。
安かったかもしれないけれど、時間は掛けたのだ。勿論、想いも。
だがそれは、まったく母に伝わらなかった。物じゃなく、それを贈った娘の気持ちを平気で踏みにじるーそれでもあんたは親なのか?と言いたい気持ちをぐっと堪えた。
電話が終わり、包装を破る。出て来た財布は新品でピカピカしていたけれど、これだってケチ付けられるに決まっている。
初任給は、自分の為に使おう。
母の財布同様、ボロボロになっていた自分の財布の中身を取り出し、それに入れ替えた。
だが、古い財布をポイっと捨てる気にはなれず、虎の子が入っている引き出しに仕舞う。
捨てられないのだ、古い財布も苛立つ母親も。
目の届かないところに、いったん遠ざけることしか出来ない。