無能過ぎる私

ホチキス 仕事
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 久しぶりの仕事は身も心もくたくたで、昨日は帰宅後何もする気になれず、ソファーに横たわったまま。
綺麗なオフィスビルに足を踏み入れても、あの初日の感動なんてどこかへ消えて、ただひたすら家に戻りたい。それでもなんとか出社することが出来た。

 職場に一歩入ると、なんだか騒がしい。
リクルートスーツに身を包んだ若者数人が、人事部長に連れられて各部署のリーダーに挨拶をしている。
恐らく、内定者だろうか。

小川さんは既に席についており、朝の挨拶をする。笑顔で挨拶を返してくれたものの、なんだか以前のように前向きになれない。
朝礼が始まり、緊張感が高まる。だがこの日もスピーチは他の社員が指名されたので安堵した。こういう他の人からしたら大した問題ではないことでも神経を擦り減らすのだ。


「時間がある時で構わないので、給湯室のテーブルの上のお土産、皆が食べられるようにしておいて下さいね。」


 ドキドキしながら、どんな仕事を振られるのかと思えば、雑用だったのでほっとする。
それでも指示をぼーっと待っている訳にはいかない空気なので、彼女に尋ねた。


「今日は、何か作業はありますか?」


「あります。冊子を作って下さい。新人研修用のレジュメなんですけどー、この中の・・ここにファイルがあるので、これを印刷して8部用意して貰えますか。」


「小川、行くぞ。」


 指示の最中に、小川さんの右隣の先輩が声を掛けるのと同時に、ぞろぞろと私の列の社員が会議室へと消えて行く。
ふと、私は今回も呼ばれないのだなと思い、そういえば議事録担当になる話はどうなったのだろうと思ったけれど、それ以上考えないことにした。


 周囲に誰もいなくなり、ファイルを開く。
まだ、内定が決まったばかりの大学生。彼らの研修が始まるのだ。
さらっとレジュメに目を通し、ここを通過して来た人達に「今」があるのだと知る。
やっぱり、私とは住む世界が違うのだと。

印刷ボタンを押すが、エラーメッセージ。エラーファイルが2件ありますと表示されている。
何度やっても、消えないエラー。
コピー機へ行き、プリンターの設定を探す。
何をどうすればいいのか、ジョブ中でエラーになっているのは分かるけれど。
右往左往していると、プリンターが動き出してまたエラー音。
エラー音が続々と鳴り響く。
嫌な予感がすると、背後に男性社員が立っている。
明らかに、彼も何かをプリントしたらしくそれを取りに来たらしかった。


「印刷の調子が悪くて。」


 何とか声を振り絞り、引き攣り笑顔で告げると、無言でコピー機を開けたり閉めたりし、やはり私と同様に設定画面を押す。


「これ、印刷しました?」

「あ。はい。」


 私のPCのIPアドレスっぽい。


「すみません、急いでるんでこれ削除してもいいっすか?」

「あ、はい。」


 YESと答えるしかなく、彼はさくっとそれを削除すると、待っていた自分の印刷物を取ってデスクへ戻ってしまった。
私もデスクに戻り、再度、印刷をした。しかしまたエラー。
まずいー、また誰かが印刷したら迷惑を掛ける。
焦って、コピー機へ走り、さっきの彼がやっていたように待機中のジョブを削除する。
どうしようどうしよう、頭はパニック。小川さんが戻る前に冊子を作らなくてはならないのに。
こんな雑用すら出来ないなんてー
背中には汗がびっしょり、冷や汗だ。すると、会議室のドアが開き、ぞろぞろと人が出て来た。あぁ、おしまいだ。


「出来ました?」

 小川さんの顔をまともに見れず、小さく謝ることしか出来なかった。
ごにょごにょ出来なかった言い訳をする私に、彼女は声を荒げるでもない、ただ私のPCを見せてくれと言い、


「あ、これですね。あー、これは印刷出来なかったですね。私のミスです。御免なさい。」


 保護を掛けていて外すのを忘れていたと言うのだった。
自分のせいではなかったことにほっとしつつも、解決出来ずバタバタしていた自分も不甲斐ない。


「一緒にやりましょうか。午後には出来てないとなんで。」


 印刷をしたものを、小ミーティング室へ持って行き、ページ順に重ねてホチキスで綴じる。
雑用だし、本来なら私が一人ですべてこなさなくてはならなかった作業。
なんとか終えると、あっという間に昼になった。
小川さんは、いつもの同僚達と社食へ行き、私は退社時間なので帰り支度をしようとしていたところ、ふっと思い出す。

お土産を配らなくてはー
タイミング的に、仕事中に配る雰囲気ではなかったし、そもそもプリンターエラーでそれどころではなかった。
給湯室のテーブル上には、お土産の箱がいくつもあり、それぞれにシャチハタが押されていた。
バリバリと包装紙を破り、箱を開ける。中には個包装の菓子がぎっしり。
これらはー、誰からの土産なのかはっきりさせるべきか悩むが相談する人がいない。
何十人にも配る小さな菓子に付箋を貼り付けるしかないのか。
~さんからです!と言いながら配るのが理想だけれど、私はそんなキャラでもないし。

付箋とペンをデスクから持って来て、付箋に名前を書く。
シャチハタがあればいいけれど、それを借りる勇気もない。
この作業ー、昼いっぱい掛かりそうだ。
30分程度経ち、付箋をババっと菓子に張っているところで小川さんが給湯室に現れた。


「あれ?何されてます?」

「あ、配るお菓子に付箋を・・」

「え?ちょっと、それは・・」


 小川さんが、堪えきれないような顔で笑いながら、手を振る。


「そんな、しないでいいですよ。ただ包装紙破って箱の蓋開けて中身が見えるようにしてもらえれば。で、ご自由にどうぞと書いた紙でも貼っておけば。」


ーあ、そうか。そりゃそうだと腑に落ちる。なぜ、そんなことに気付かないのだろう。私よりも遥かに年下の人生経験もまだ浅い若者に笑われる世間知らずなおばさんの図。


「いいですよ、やっておきます。お疲れさまでした。」


 小川さんに帰るよう促され、退社した。
なんだか、本当に使えないな、自分ーと、休み明け早々に落ち込んだ。






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