ようやく退職日を迎えた。
朝礼で挨拶をするものだと意気込んでいたけれどスルー。
いつも通り、小川さんから与えられた業務をこなした。
単純作業だが、慣れてきたこともありテキパキとキーボードを打つ指に力がこもる。
遠目で見れば私も彼ら同様、このオフィスに馴染んでいるのだろうか。
今日で最後だというのに、今更何を言っているのか。
あっという間の3時間。
昼のチャイムが鳴り、辺りはざわめく。
取り敢えず、菓子折りー
あ、その前に、隣にいる中山さんと小川さんに挨拶ー
頭の中が忙しく動き出したところで、リーダーから突然名前を呼ばれた。
「芝生さん、ちょっと前に。皆、集まって!」
急なことで、頭に血が上る。
ふらふらとおぼつかない足取りで前に出る。
リーダーが、皆に向かって私が今日退職することを伝える。
ぼーっとした頭で聞くリーダーからの労いの言葉は思い出せないけれど、泣きそうになったことは覚えている。
小川さんが、花束を持って私のところへやって来る。
「お疲れさまでした。」
その瞬間、堪えていた涙腺は崩壊。
まさか、いちパートにこんな豪華な花束なんて。しかも逃げるように退職する私に。
一言を求められ準備していた挨拶をするが、声が震えて自分ではないようで苦しい。
ただ、その苦しさは、辛さというよりも想定外の感動のようなー言葉では言い表せない想いが溢れ出た。
皆の前での挨拶が終わりデスクに戻ると、中山さんから声を掛けられた。
「短い間でしたが、お疲れ様です。なんか、色々嫌な思いさせてすみません。僕も自分の仕事でいっぱいで、至らないところが多かったと思います。」
そう言いながら、小さな紙袋が差し出された。
それが私へのものだと気付くのに間があったのは、まさか彼からそんな言葉を掛けられるとは思ってもいなかったから。
その他、まだ期待されていた最初の頃に少しだけ絡んだグループの人達も私の席にやって来て労いの言葉と共に選別の品をくれた。
思い掛けない彼らの優しさに、涙が止まらずその場を去るタイミングを見失いそうになる。
最後に、小川さん。
再び私のところへやって来て、改めて別れの挨拶をしてくれた。
「本当に、お疲れさまでした。私の方でも気付かず至らないところがあったかと思います。大変でしたよね。芝生さんのこと、追い詰めてしまったのではないかと思います。もっとやり方はあったかと思います。力になれなくて御免なさい。」
涙ぐむ彼女の顔を見ていたら、もうそれは全否定するところで。
至らないのは私の方で、彼女は彼女以上の仕事を思い遣りを持ってしてくれていたわけで。
その誤解を解かずしてここを去るには私の悔いは一生残ると思い、
「いえ、本当に小川さんには感謝してもしきれません。辞めることになったのは私の能力の問題です。期待に応えられなくて御免なさい。こんなに温かい職場はこれまでありませんでした。私がもっと頑張れば良かったんです。年上のーこんなおばさんに仕事を振るの、大変だったでしょう?遣わなくても良い気を遣わせてしまったよね。ありがとう。あなたのように優しい方に会えて嬉しかった。仕事はきつかったけれど、良い経験になりました。」
最後は失礼かもしれないけれど、泣いている彼女がまるで娘のように思えてしまい、ため口になってしまった。
一夜明け、まだほとぼりは冷めない。
彼女から貰った、アロマディフューザー。
その優しい香りが充満する部屋で目覚めた。
新しい朝が来た。希望の朝だ。