実家がしんどい

ひまわり 家族
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 夏休みになれば、一度は子を連れて実家に行かなければという義務感が働く。
頼まれている訳ではないけれど、そうせずにはいられない。
私がこんな気持ちでいることを知れば、母は「一生来てくれなくて結構!!」と怒り露わに叫ぶだろう。
自分でも、なぜ心と矛盾した行動を取るのか理解出来ない。

 OOすべきー的な。
母の日だから、プレゼントを贈るべき。
誕生日だから、祝うべき。
してもらったら、返すべき。
常識的に振舞うべき。
感じ良く振舞うべき。
べき、べき、べき。

 子どもの頃から、すべて母に言われて来たことなのだ。
盆暮れ正月、実家に帰るべきーというのもそう。
娘なのだから、そうすべきーとこれまでの「べき」を経て学習して来た私。
そうすることにより、張りつめて切れそうだったロープー、私と母の関係が、一時「ゆるむ」のだ。


 憂鬱なのに、それなのに、あと何回両親と顔を合わせるのだろう、有限の日々を思うと何もせずにはいられない。
もっとキッパリ、自分の心と身体を第一優先に出来ればいいのに。
どうしたって、後悔は残るのに。


 子を産み育て、もう高校生なのだけれど私の言うことなんてまともに聞いてくれない。
外の世界が第一優先、母親の手の中におさまっていたはずの我が子はこの先、私の意に反して思いもよらない方向性へと進んで行くのだろう。

武田鉄矢氏の言葉ー、ネットニュースで読んだのが心に響いた。

「親が子に願う成功っていうのはありえないんですよ。子は親を裏切るところで道を作っていく。親と思うことと違うことを子がやり始めたら、お母さん、あなたの子育てがうまくいってる証拠です。」

 
 私は親を裏切っている、だから親は子育てが成功しているのだと。
そんな言葉にちょっとだけ救われる。
学校も、仕事も結婚も、全部が全部、母の思うようにいかなかった私。
期待を裏切って来た私。
そんな私だから、自分の子育ては成功させたい。
私自身については失敗だったかもしれないけれど、母にとって「孫」にあたる子の子育ては成功するのなら、それでいい。
そんな風に思える言葉だった。


 実家はしんどいけれど、私は母に電話を掛けた。

「8月、暇な時に花子と遊びに行ってもいい?」

「え?あー、ちょっと待って、この日は歯医者でしょ、この日は・・まぁいいわよ、なんとか調整するから。」


 相変わらず忙しぶっている母にちょっと苛つきながらも、年寄りにいちいち腹を立てる私も更年期かと苦笑する。
しんどくても、後々の自分の満足度を優先させている。それを娘の我儘と言われればそうかもしれない。
母娘関係は、どうもこうもややこしいけれど、白黒付ける必要は無い。
出来る時に、出来ることを。それでいい。






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