義理チョコ

ラッピング 仕事
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 朝、職場へ行くとまだ出社していない中山さんのデスクの上にいくつかのチョコレート菓子が置かれていた。
そのそれぞれに付箋が貼り付けてあり、シャチハタが押されている。
花柄の綺麗なラッピングは小川さん。同じ課内の女性上司からのものも。
この職場は、バレンタイン行事が盛んなようだ。
人の気配を感じて振り向くと、派遣さん。
紙袋の中から小さな個包装されたチョコレートを男性社員のデスクにそれぞれ置いている。
そして、例外なく中山さんのデスクにも。
彼のデスク上には5つのチョコレート。確か、甘いものは苦手なのでは?

「おはようございます。」

 そんな彼女がチョコを置いたタイミングで中山さんが出社し、挨拶を交わし合う。
私にではなく、明らかに派遣さんにという感じだったので、私は声を出せずにいた。


「え?これ僕に?」


「はい、いつもお世話になっているので。あ、気持ちなので本当に気になさらないで下さい。」


「え?いいんですか?うわー、嬉しい、ありがとうございます。」


 甘いものは嫌いなんじゃー


「あ、それ、お煎餅なので。中山さん、甘いものお嫌いでしたもんね。」


「え?わざわざ?すみません!でもチョコレートだって嬉しいですよ。バレンタインは特別ですからね~」


 そんな楽し気な会話の後、リーダーが出社したことでフロアは一気にピリッとした空気に変わる。
だが、そんなリーダーのデスク上にも色取り取りにラッピングされたチョコレートが置かれているのだ。
普段クールなリーダーなので、ちらっとそれらに視線を向けたが特にリアクションはなく、いつも通り朝礼が行われ始業時間になった。


 正直、身の置き場に困ってしまった。
パートだし、バレンタインなんて考えていなかった。
小川さんくらいは渡すのかなと甘い考え。まさか派遣さんが配り歩くなんて予想していなかった。
職場環境を円滑にする為に、こういったイベントに乗っかるのは悪いことではないけれど。
それに乗っかり損ねた人間は、更にやりにくくなる。ただでさえ戦力になっていないのに、ムードメーカーとまではいかずとも、社内の調和を乱す存在になりたくない。


ー今日、休めば良かったー


 心の中、独り言ちた。
来年はもうないけれど、次の職場ではバレンタインは有給を取ろうと思う。
仕事以外のことで悩むのは御免だ。

カタカタと今日も登録作業。
果てしない、孤独な作業。
自分のスキル不足が招いたこと。
もし、派遣さんレベルに仕事が出来ていたら、きっと周囲ともうまくコミュニケーションが取れていたのかもしれない。
中山さんとだって、軽口を叩けていたのかも。
そして、義理チョコを笑いながら渡していたのかも。
そんな、空虚な妄想をしつつ、同じような羅列のデータを入力する。


 昼になり、退社時刻。
颯爽とリーダーが社外へ出張の流れだったのだけれど、小川さんと派遣さんのデスクに寄って声を掛けているのを耳にした。

「ありがとう。」

「いえ、気持ちです。」

「倍にして返さないとな。」

 そんな冗談を言いながら、リーダーは出て行った。
小川さんが、


「可愛い~」

 
 ミーハーな声を上げ、派遣さんも笑っている。
何だか複雑な思いで、職場を後にした。




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