駅前のスーパーマーケットで買い物をしていたら、素敵ママを見掛けた。
もう随分会っていないし、話していない。
引っ越してしまえば、お互い共通点などない会話のネタもないのだから、こちらから挨拶する理由もない。
現に、学校で時々会うことはあっても、彼女は常に人に囲まれており、私のことなど眼中にないのだ。
付き合いのないママ友が話し掛けて来る時は、情報が欲しい時
素敵ママは、ママ友というよりママ知り合いってポジションなのだけれど。
唯一、ため口で話せる人なのでママ友という括りにしてみた。
会計も終わり、買ったものをエコバッグに詰めていたら、誰かに肩を叩かれた。
「久しぶり!元気だった?」
見掛けてもスルーしたはずの素敵ママだ。仕事帰りなのか、綺麗目オフィスカジュアルの彼女。綺麗に手入れされたつやつやのボブヘア、それに耳元にはキラキラ揺れるピアスが輝いている。
昔、ご近所だったよしみーと、私もにっこり笑顔で挨拶を返した。
「それじゃあ。」
特に話すこともないので、そそくさとその場を立ち去ろうとすると、
「ちょっと、待って。途中まで一緒にいい?」
彼女とはもう住む場所も違うし、途中もなにも、自転車置き場までーという流れだったけれど、それでもここずっと家族以外の誰かと会話らしい会話もしていなかったので、気分転換のつもりで彼女の誘いに乗った。
何を話そうーとネタを探すけれど、思い浮かばず沈黙が続く。そうだ、自治会の本部のことでも聞いてみよう。彼女は経験者だ。
私が口を開くのより先に、
「花子ちゃん、どこの高校に決まったの!?」
不躾に質問された。しかしそのあまりにも悪びれないストレートな物言いに、こちらの方が動揺する。
「え、まぁ、普通のところだよ。」
「普通って?何高?」
怖い・・その押しの強さに負けそうになる。彼女、そういえばこんな人だったな、と思い出す。
ママ友の「誰にも言わないから・・」は「誰彼構わず言いふらすから」に変換される
「大丈夫!誰にも言わないから。花子ちゃんは幼稚園の頃から知ってるし、Rにとっては幼馴染のようなものだし!」
ーは?幼馴染?
そこまで親子共々親密でもなんでもなかった。
彼女はがっつり仲良しママ友グループがいたし、R君と我が子も小学校、中学校と進むにつれ、ばったり会っても目を合わせることもない仲だ。
性別も違うし、遥か昔公園で一緒にみんなで鬼ごっこをしていたのが嘘のようでもある。
そもそも昔から一緒に約束して遊んだり、なんてこともなかった。
マンション内の公園で、たまたま会えば立ち話程度の仲。
それを、「幼馴染」と言うのだろうか。
「聞いたところで私、すぐ忘れちゃうから!Rにも言わないし。どこどこ?誰にも言わないから教えてよ。」
彼女の言う台詞すべてが、嘘くさく、信じ難かった。そして、私達の知らないところで、彼女の大勢のママ友らにその情報が回るかと思うと、絶対教える気になどなれない。
聞かれたから教える、そんな筋合い、どこにもないのだ。
相手を立てつつかわす方法
私の気が強ければ、こう聞き返しただろう。
「R君はどこ受かったの?教えて!!教えてくれたらうちも教えるよ。」
そう、何が嫌なのかって、彼女は自分の情報を開示せず、一方的に人から情報を抜こうとするのだ。
もし、あっけらかんと彼女が息子の高校名を教えてくれ、その流れで質問されていたらこちらも答えてしまったかもしれない。
いや、そうであっても答える義務などないのだけれど。
ただ、もうその場を逃げたくて仕方が無かった私は、無い知恵を絞ってこう答えた。
「R君は優秀だもんね。きっと良い高校合格したんだろうね。うちはね、教える程のところでもないのよ。」
素敵ママは、ようやく私が答える気のないことに気付いたようで、
「いやいや、うちも普通だよ。あ、そろそろ学童閉まっちゃう。またね!」
そう言うと、下の子のお迎えへと急いで向かった。
彼女の尋問から解放され、ぐったり疲れてしまった。普段、付き合いもないのにずかずかと土足で人のナイーブな部分に踏み込める、そのパワーには感心させられた。