前任者の影

ノート 生活
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 フルタイムとは、こんなに疲れるものなのか。
早くも2日目で息切れしそう。
初日の昨日は一日の流れをざっと説明しつつ、滝崎さんが業務をし、私がメモを取るという流れだったのだけれど、今日はその復習。
彼女の前の事務員が作成したのだというマニュアルと合わせつつ、朝は売上日報や経費精算等の日々必ずある業務に向かう。
しかし、すぐに壁にぶつかる。
自分のとったメモを見てもマニュアルを読んでもよく分からず、滝崎さんに尋ねようとするが、彼女は自分の携帯で電話中。
隣なので聞こえてしまうのだが、結婚式場の担当者と話しているようだ。
それがなかなか終わらず、内心、仕事中なのに私用の電話をするなんてすごいなと感心してしまう。
だが、それも許されるくらい仕事が出来る人なのかも―なんて思ったり。
ようやく終わったようなので、尋ねる。

「あぁー、それはですね。このマニュアルも古いんですよね。えっと、私のノート、これをコピーしていいですよ。」


「ありがとうございます。」



「そのマニュアル、私の前任の人が作ったんですよ。10年以上ここで社員としていたみたいですけどね。本当、怖い人だった。一度教えたら二回目は無いからって言われたんですよ。他の従業員も彼女のこと怖がってましたからね。社長夫人と仲良しで、もしかしたらコネ入社だったのかも。」


「そうなんですね。大変でしたね。」


「彼女から仕事教えて貰ったけど、引継ぎ中に辞めようかって何度も思いましたよ。いつもイライラしてるし、質問もし辛くって。社長も彼女に話し掛けるタイミングをいつも伺ってる感じで。経費とかも、締め日ギリギリに提出なんてしたら、突き返されるんですよね。皆、裏でめっちゃ文句言ってましたよ~」


 彼女が前任者の愚痴を吐き始め、なかなか業務に集中出来ない。


「でも、仕事が完璧だったから、皆何も言えないんですよね。本当、ミスなんかまったくなくって。私、引継ぎ中に何度も怒られましたもん。ホチキスの留め方からメールの書き方、電話対応の言葉遣いも。まるでなってないって、怖過ぎて病みましたよ。」


「タッキー!ちょっと来て!」


 社長が滝崎さんを呼んでくれたお陰で、ようやく続きに取り掛かることが出来た。
強面の社長だが、彼女のことを可愛がっているのか楽し気に会話をしている。
滝崎さんも、


「やっだー!もう!社長~」


 なんて、声高らかに笑っている。
一年も勤務していないのに、すっかり職場に馴染んでいる彼女はきっとコミュニケーション能力に優れているのだろう。
私は彼女にもなれないし、また仕事が完璧だったという前任者にもなれないだろう。




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