社員の居ぬ間に

マグカップ 仕事
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 珍しく、パート仲間3人全員出勤の日。
社員は全体会議で午前中は不在だった為、フロアは私達だけとなった。
黙々と作業をしていたら、隣の花山さんが大きく伸びをし、

「あー、やる気しな~い。眠い。」

 突然、ストレッチを始めた。
黒川さんは、うふふと笑いー、勿論それは馬鹿にした笑いではなく好意的な笑いで、花山さんを中心に雑談の流れになった。


「この会社、いつまでいる?なんかさ、いいように使われてると思わない?社員並みの仕事してるのに時給は安いし、米田さんはいつもピリピリしてるし。どんな仕事してるか知らないけどそんな大変なのかな。木佐貫さんもちょっとよく分からない人だよね。この間、米田さんがいない時に私に色々愚痴ってきたし。」


 まず、木佐貫さんが花山さんとそこまで仲が良いとは思わなかった。社員VSパートではないが、同じ社員でしかも先輩の愚痴を吐くとは思わなかった。


「米田さんの、この会社は私が背負ってます!的な感じ、ちょっと見てて痛々しいっていうかさ~別にそこまで頑張らなくてもいいのにね。それをうちらパートにまで求めないで欲しいのよ。」


 ねぇ。と同意を求める風にこちらを見る。ここで頷いたら厄介なことになりそうなので、曖昧な笑顔だけ浮かべ、PC画面に視線を戻した。


「木佐貫さんも、なんかいつも忙しくて、でもさ、画面が結構ずっと同じなんだよね。この間、資料に矛盾点見付けたから聞いたのね。なんかはぐらかされた。多分、分からなかったんだろうね。分からないなら分からないって言えばいいのに。」

 
 愚痴が止まらない。
社員よりも自分の方が仕事が出来るとでも言いたげだ。ただ、彼女は仕事が早い。早いが故にミスをする時もあるのだけれど。先日のように、彼女が出勤していない時は黒川さんがそのミスの修正をしているのだ。
黒川さんはどう思っているのだろう。ただ、にこにこしながらキーボードを叩いている。
肯定もせず否定もせず。彼女は本当に賢い人だ。


「あー、飲みに行きたい!今夜行こう!友達にラインしよー」

 そう言いながら、業務中なのにラインを始めた。
ちょっとそれは・・と他人事ながらもやもやしたけれど、さぼっていても私が処理する2倍も3倍もの業務量をこなすのだから何も言えない。


「やった~!店の予約取れた。シャンパン飲み放題の店があってね、この間、息子の高校時代のママ友達と行ったんだけどめちゃくちゃ料理も美味しくて雰囲気も良かったの~。また行きたいと思ってたから嬉しい〜」


 そう言いながら、店のHPを私と黒川さんに見せて来た。今、会議から社員が戻って来たら、私達までさぼっていると思われるではないか。
冷や冷やしつつ、

「わ、美味しそうだね。」

 社交辞令的に返す。
すると黒川さんが、

「花山さんって、お友達多くて楽しそう。私、陰キャだから住む世界が違います。」

 え?陰キャ?黒川さんが?
陰キャは私のような人間を指す言葉だと思うんだけどー
そう言いたい気持ちで彼女の方を見る。


「人付き合い、あんま得意じゃなくって。疲れちゃうんですよね。だから花山さんみたいに毎日いろんな人達と遊びに行ける気力も体力もある人って、すごいなって。」

「えー、そんなことないよぉ。」


 満更でもないようだが、黒川さんは決してそれを褒めてる訳でも羨ましがっている訳でもない。
単に、住む世界が違うということを「すごいな」という言葉に変換しているだけ。
そこには少しの軽蔑が混じっているような気がした。


「インスタ映えしそうな日常ですね^^」


 ほら、やっぱり。
軽くディスってる。
まだ若い彼女は、年甲斐もなく浮ついた日々を送る彼女を侮蔑した感じなのだ。


「これはね~この間、大学の時の友達とヌン活したの。」


 ヌン活?なんだそれーと思い、花山さんが再び私に向けたスマホ画面を覗く。
なるほど、それはアフタヌーンティーのことだった。
彼女はまったく黒川さんの嫌味に気付くことなく、その他のヌン活写真を次々と見せて来る。
それはキラキラしていて、若い女の子が好きそうな世界。中年おばさんが加工アプリを駆使して別人になっている画像があちこちに。どれもこれも目の前にいる彼女と似ても似つかない。
勤務中なのに、時給で働いているのに、スマホをスクロールし続ける彼女。


「すごい、綺麗だし美味しそう。どこのホテル?」


 興味もないのに、彼女を喜ばせる質問をしてしまう私と違い、黒川さんは、


「アフタヌーンティーってコスパ悪くないですか。スコーンとかサンドウィッチだけで何千円もするし。インスタ映え目的の人達ばっかで、ちょっと私は無理かな。」


 さすがの花山さんも、黒川さんのこの言い方にカチンと来るかなと思ったところで、社員らが会議を終えてぞろぞろ戻って来た。

社員が戻ると、花山さんはものすごい勢いでキーボードを叩き、昼までにやってねと米田さんに頼まれていた仕事を11時前に終わらせた。


「え?もう出来たの?早い!」


 鼻息荒く、といった感じの彼女が黒川さんに対抗しているのだと私でも気付くのだから、当の本人はどう思っているのか。
そして、私は彼女に好感を持った。なんだろう、世代も見た目も何もかも違うのに、どこか交わる点を見付けたような。
黒川さんは、相変わらず涼しい顔で仕事をしていた。そんな彼女の姿に、憧憬の念を抱いた。












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