夫がカリカリしていた。
資格試験が迫っており、そんな折に友達の活躍を義姉らから聞かされたあの日からだ。
三女の件で私は夫のご機嫌を伺う余裕はなかったが、食事時に義姉が何気なく出した名前は記憶している。
「ほまれ君、カズは最近会ってないの?」
「さあ。もう連絡すら取ってないよ。部活の連中も電話してもラインしても未読スルーだっていうから、仕事辞めてブラブラしてんじゃね?」
「それがさ、まみにこの間会ったの!で、聞いてびっくり。ほら見て。」
次女の友達の弟と夫は同級生で、次女は友達と高校は別々なので付き合いは薄いけれど、お互い地元に住んでいるのでばったり会えば立ち話くらいはするらしい。対し、夫とその同級生は中高まで同じだったことと部活も一緒だったことで、結婚してしばらくは付き合いが続いていたのだが、今はめっきり会っていないという。
確か、子が生まれたばかりの頃、夫の友達が数人遊びに来た時があったけれど、その時に一風変わった男性がいたことを思い出す。名前が珍しく、また独特の雰囲気だったので印象に残っている。
その後、夫は部活仲間と定期的に、今も付き合いは続いているけれど、ほまれが消えた、連絡が取れない、失踪した?海外移住?ーそう漏らしていたのが子がまだ園時代だった頃。あれからもう10年以上経つ。
次女がスマホを夫に見せ、夫の顔が一瞬だけ曇った気がした。
順々に、そのスマホを手に、義両親をはじめ長女も驚いた声をあげた。
「ほまれ君、変わってないね!うちにも泊まりに来たことあったけど、偉くなったもんだね~」
長女が感心した風に言う。
私や義兄や姪っ子らにスマホは渡らなかったので、今日になり、思い出して名前を検索してみた。
ーあ、この人。そう、うちに来たことある・・
想像以上に、その界隈では有名な人のようだった。あるキーワードとその名前を入れて検索したらヒット数がすごいことに。それに、顔出しも普通にしているし、いくつものシンポジウムで大企業の社長や著名人とにこやかに談笑しパネラーとして参画していた。
「でも、彼、もっと突拍子もないっていうか、芸術家肌な感じだったから意外だよね。正直、フリーターでもおかしくない感じあったじゃん。カズも差、付けられたね~」
次女が好き勝手なことをペラペラ喋っている間、夫はだんまり酒を煽っていた。
あぁ、妬んでいるんだな。すぐに分かる。夫はきっと、ほまれさんのようなポジションに身を置きたかったのだ。それが叶わず、勤めていた会社も辞めたし、一念発起で起業したものの、それも今はうまくいっていない現状。そして資格試験も今回どうなることか。
義実家から戻り、ずっと機嫌が悪い。
友達の活躍を素直に喜べない夫に、小さい男だなと情けなくも、だが親近感もわく。
疎遠になった友達は、自分の夢を叶える為に地道に10年、20年と足場を築き、それがようやく実を結んだ。その過程で数多くの選択を迫られ、何かを捨てて、そうして今がある。
それを知りつつも、どうしたって光に照らされた部分だけを見てしまう。もう一つのあったかもしれない人生に思いを馳せる。きっとその中には、私も子もいないように思う。
友達の活躍
