犬塚さんのご実家が山梨ということで、大量の桃が事務所に届けられたと夫が持ち帰って来た。
なんと1箱。
3人家族ではとてもじゃないけれど食べきれない量。
「近所に配っていいから。」
取引先から貰う菓子などは吉田さんにあげているのか我が家に回ってくることはほぼないけれど、さすがに日持ちしないからと税理士先生や少しの取引先に配った余りがこちらに回って来たのだろう。
桃を見ていたら、針金さんの顔が浮かんだ。
いつもお裾分けを貰ってばかりだったが、ようやくお返し出来る。
針金さんは現在働いているのかいないのか?
分からないけれど、夕方なら在宅しているだろう。
会う時は頻繁なのに最近はエントランスで顔を合わせることも少ない。
何かと毎日出歩いていそうな雰囲気の彼女。
お洒落なショッパーに桃を5つ入れて、インターホンを押した。
ーピンポン
チャイムが鳴ったと同時に、なんだか玄関が騒がしい。
あー、タイミング間違ったーと思うより早くドアが開いた。
「じゃあ、またね、ありがとね。」
「うん、またラインしてねー・・あ、こんにちは。」
ドアの前で立ち尽くす私に気付いた針金さん。
どうやらチャイムの音に気付かなかったらしい。
そして、来客を送り出すところだったようだ。
来客が振り返る。
どこかで見たような気がするが思い出せない。
恐らく、近所の人だろう。
自治会の清掃の時にでも見たような気がした。
相手も私に視線をうつし、軽く会釈した。
「あ、いいよここで。じゃあね。」
「え、ごめんね。またね。」
針金さんは来客をエントランスまで送るところだったようで。
どうやら私が尋ねたタイミングは悪かったようだ。
なんだか申し訳ないながらも桃を差し出す。
彼女はとびきりの笑顔で、
「わぁ!ありがとう!美味しそう。主人も私も桃、大好物なの!」
喜んでくれた。
そこからちょっと立ち話が始まった途端、エレベーターの開く音と共にこちらに近付く足音。
針金さんと私が音の方に目をやると、どうやら彼女の知人らしい。
親し気に声を掛け合う。
もう、夕飯時ではないかーと他人の客だが気にしてしまう。
「じゃあ、また。」
話の途中だったけれど、なんだか気まずくそそくさと自宅に戻った。
外から、楽し気な会話。
「ワイン持って来たよ~」
「えー!ありがとう。今ね、お隣さんに桃貰ったの。モッツアレラあるからおつまみ作れそうだね。」
夕飯時ーというか、一緒に夕食をとるのかと納得する。
楽しそうだなー、というか、一日にいったい何人の来客を迎えているのか。
彼女のコミュニティの広さに感心する。
そして、私は針金さんにとってただの「お隣」であり、それ以上でも以下でもないことを改めて思い知る。
人付き合いの多い彼女ー
というか、我が家のお隣は常に賑やかだ。彼女の前に住んでいた人も、その前も・・
風水的に、人が集まりやすい家なのだろうか。
私も、もしここではなく隣の号室だったら人生変わっていたりしてー
なんて、どうでもいい妄想をする。
しかし、ご近所付き合いは、これくらいの距離感が丁度良い。
当たり障りなく、深入りせず。
相手の欠点が目に入らないし、こちらのだって。
それでも家に呼べるくらい、気軽にお茶に誘えるくらいの友達が近所にいるって宝だろうなーと思うのだ。