実母に電話をした。
N恵経由で、色々と私や夫のことで愚痴っていたと聞いたからだ。
パートのことでいっぱいで、PTAもそうだけれど母のご機嫌伺いをする余裕すら無かったのだ。
弟から何度か着信があったのを、また金絡みだとスルーしていたけれど、もしかしたらN恵から聞いていた騒音の件なのかもしれない。
「もしもし。」
毎度、余所行きの声の母に懐かしさより鬱陶しさを感じる私は娘として薄情なのだと思う。
聞き役に徹するつもりでN恵と会ったことを伝え、そちらは何か変わったことはないかと聞いたら待ってましたと言わんばかりにマシンガントーク。
「もうあんたの知らないうちに大変なことになったわよ!隣の階の非常識な住人!!夜中に子どもの走り回る音と怒鳴り声!煩いのなんの。お父さんが寝れないし体調も崩すから言いにいってやったんだけどね、弁護士立てるとかなんとか脅して来たのよ。信じられる!?」
「悪いのは向こうでしょう?少しも謝罪ないの?」
「騒音測定器で計ったんですか?って聞かれたわよ。普通じゃない、まったく悪びれもせずに!子どもはまあ仕方ないとしてもね、母親の怒鳴り声!普通じゃないのよ。週末なんてワーワー大人数で煩い!!いい加減にしてくれって言ったらさ、うちは普通にリビングで過ごしてるんだから気になるなら別部屋に移動したらどうですか?だって!ちょっとあんた、こっちは血管切れそうになったわよ!!」
大声で捲し立てる母の声がもはや近所の騒音になっているのではないか?と危惧する程、母は興奮して喚いていた。
何にせよ、弁護士だの相手もかなり手強い感じなので、年老いた母ではなく弟に直接話に行ってもらった方がとアドバイスした途端、こちらに怒りの矛先が向いた。
「あんたはそうやっていつも他人事ね!一緒に住んでないから分からないのよ!」
また始まった、いつもの当て付け。
そしてN恵と比べるのだ。正確に言えば、N恵の旦那と。
「N恵の旦那なんて、姉さんのとこの電球まで替えに来てくれるんだってよ。買い物や病院だってN恵が仕事で無理な時は旦那が代わりに送迎するんだって。顔はゴリラでもやっぱり男は中身よね!」
100%褒めないのが実母。それでも暗に、私の夫の悪口を言いたいのだ。
こんなトラブルが発生した時、婿がスマートに対処してくれる。それが母の理想の婿。
だが生憎、私の夫は変えられない。これまでもこれからも、彼は彼のままなのだ。
「あんた、仕事どうなの?」
N恵から伯母経由で知ったのか、早い。
そしてそんな会社はろくでもないから辞めろと言う。
「パートでお気楽にやってるのかと思ったら。そんな会社辞めなさいよ。いいようにコキ使われてさ、心身壊したら元も子もないわよ。第一、花子のことちゃんと見てるの!?高校だからってまだ大人じゃないんだからね。むしろ一番危ない時期、手は離しても目を離すなって言うじゃない。気付いたら妊娠してお腹大きくなりましたってことになったって知らないわよ!」
言われなくても分かっている。
だが、母の口から聞くそれは心配というよりも自分に注意が向かない、それに対しての不満に思える。
現に、これまではこまめに連絡をしていた私が、今のパートを始めてからはなしのつぶてなのだ。
「分かってる。これ以上きつかったら辞めるかも。でも、もう少し頑張ろうと思う。」
「社員じゃあるまいし、今更そんな頑張って何になるのよ。頑張る時期が違うわよ。結婚したら人生終わり。」
「・・・・・」
「今度の休み、そっち行くよ。」
「あら、忙しいんだから来なくていいわよ。あんたも大変だろうし。でも来るのなら来るではっきりしてよね。色々準備もあるから。」
「いや、準備しなくていいって。コンビニで飲物や食べ物は買ってくし。」
「そういうことじゃなくて、私も色々予定があるのよ。家にいるとは限らないから。忙しいの。」
どうせ、病院くらいの用事だろう。それでも一大イベントにしてしまう辺り、老後の生活が淋しいことになっている母に多少の憐みをおぼえるのは、私も今、疲れているからなのかもしれない。
「行く、行くから。」
「あ、そう。分かった。じゃあ空けとく。」
面倒臭い。
だが、これが私の母でその腹から生まれたのが私なのだ。