ドアスコープ越しの彼女

赤いドレス 生活
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 買い物など、外に出なくてはならない用事があると、まずはドアスコープで隣の様子を伺ってから出るようになった。
針金さんと猫の件で気まずくなってから、月1の掃除の時も作業が終われば逃げるように自宅に戻り、会釈するのも怖いくらい。
彼女と視線を合わせることが出来なくなった。
こちらが悪いことをしている訳でもないのに、と思う。

 夕飯に牛丼を作ったのだが、紅ショウガを買い忘れてしまった。
子と私は無しでも平気なのに、夫からのNG。
紅ショウガが無い牛丼は、じゃがいもの無いカレーと一緒だと言うのだ。


「ついでにビールも買って来て。」


 夜7時を回り、子は待っていられないといわんばかりに自分の丼にご飯をよそう。


「先、食べててもいい?」

 夫は呑気にリビングでテレビを観始める。
私はエプロンを外し、財布を持って玄関へ。
ドア越しに、お隣さんの声。ドアスコープを覗くと来客なのか、ドアを半分開けて誰かと立ち話。
こんな時、すっと何事もない風を装って、颯爽と出られればいいのに。
私は玄関で固まってしまう。
10分経って、夫が玄関にまだいる私に驚いた。


「え?もう買い物行って来たの?」


「いや、まだ。」


 更に驚きの声。


「え?まだ行ってなかった!?ここで何してんの?」


 咄嗟に口をついて出た言葉が、


「・・お腹痛くて、ちょっと休んでた。」


 ダンゴムシのポーズでその場にうずくまると、さすがに夫も私が演技をしているなど夢にも思わないようで、


「トイレ行って来いよ。いいよ、財布貸して。」


 私から財布を受け取り、出て行った。


「こんばんはー。」


「あぁ、どうもこんばんは。」


 夫には愛想よく挨拶をするのか、針金さんは。
なんだか腑に落ちない。私じゃないんだと伝えたいけれど伝える術もない。

夫帰宅後、ビールのロング缶3本入ったレジ袋の中に入っていた紅ショウガ。
それは、とても鮮やかだけれど優しくない、主張した赤。
私の苦手な色。





 

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