意味のある仕事、ない仕事

ダイレクトメール わたし
わたし
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 今日もまた、不動産チラシや宅配の折込チラシがポストにどっさり。
子に向けての塾や予備校のダイレクトメールは減少したけれど、それでも疲れるパート帰り、右手に通勤鞄、左手にスーパーの袋を持ったままそれらを取り出す作業は骨が折れる。
自宅に戻り、その殆どを破棄するのだけれど、厄介なのが透明のOPP袋に封入されたチラシだ。
私もポスティングのバイトの際、たまにこの内職を依頼されることがある。この作業は家で出来るし楽だと思えば大違い。乾いた指先でOPP袋がなかなか開かないこともストレスだし、A4サイズのしっかりとした用紙をそれに入れ込むのは容易ではない。ぴったりサイズだとなかなか封入出来ず、だからといって無理やり入れたら袋の端が破けてしまったり。想像と違い、ストレスのたまる作業でもある。

 それを知っているからこそ、自宅に届いたこの不要物を捨てる時には別の意味でのストレスが発生する。たかが数円、されど数円、この手間賃が相殺されるわけでもなく無駄になることへのストレス。罪悪感とは違う、なんだろう、言いようのない虚しさ。

意味のある仕事って何だろうー

 宛名ラベルを剥がし、OPP袋からチラシを取り出し分別してゴミ箱に捨てる億劫さ。
だがその裏側では、一件あたり数円以下の内職をせざるを得ない状況の人々がいる。
私の今の仕事だってそうだ。
営業電話に使われるだろう個人情報のデータの打ち込み。
私が正確にそれを打ち込むことで、それは営業社員の利益には繋がるだろうけれど、その先には迷惑被る人間がいる。
相対的に見れば、仕事に意味があるないなんてないのだろうけれど。
それでも、医療や教育や研究といった、目先の利益だけではない意義のある仕事。
そういうものに憧れを抱く。
だが、現実は生活の為に稼がなくてはならない。
そういう風に世の中は回っている。
綺麗ごとではなく、泥臭く。

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