旧友

パエリア わたし
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 かおりと久しぶりに会うことになった。
私がパートをしていることを伝えると、都内に出たいからと私の職場近くまで来てくれた。
憂鬱な仕事も、その後に楽しみがあると頑張れる。
幸い、中山さんも午前は協力会社に出向だったので、私は与えられた作業を黙々とこなすだけだった。

待ち合わせのオブジェの前。
かおりが既に立っていたけれど、なんだか久々で気恥ずかしく、視線を逸らしてしまう。


「お疲れ!」

「あ!久しぶり!」


 さも、声を掛けられて気付いたかのように振舞う私。
その場で互いの近況報告を軽くし合い、ひとしきり盛り上がった。
ランチの店は、気になりつつも一度も入ったことのないスペイン料理の店を選んだ。
パエリアが美味しいと評判の店だ。ランチタイムは1500円でドリンクとサラダ、それにパンも付く。
メインはパエリアだけれど、三種類好きな前菜を選べるのが嬉しい。
私は、キャロットラペとカリフラワーのガーリック、それにかぼちゃのサラダを選んだ。

席に着き、向かい合わせになると視線を合わせることに緊張してしまう。
いくら昔から知る旧友であってもだ。
かおりは前に会った時より更に痩せており、だが以前のような溌剌としたイメージはなく儚げな感じになっていた。
シャギー素材のグレーのニットに白いワイドパンツ。ハラコの小さな斜め掛けバッグにパールのピアス。髪を伸ばしてゆるく巻いているのも素敵だった。
近所の知り合いが、彼女と私が仲良くランチをしているのを見掛けたら驚くと思う。
それくらい、私とはジャンルが違う彼女。私も働くようになってそれなりに身だしなみは整えているけれど、持っているオフィスカジュアルの中でも一番気に入りの服を着て来たけれど、やっぱりどこか垢抜けない。
食事をしながら、互いに家族のことや自分の仕事のことについて語り合った。
今の仕事が大変で、辛いこと。辞めたいことを愚痴るつもりが、彼女の反応で違ったものになってしまった。


「すごい!大変そうだけど遣り甲斐ありそうだね。パートの仕事じゃないよそれ。でも、それだけ期待されてるってことじゃない?芝生、昔から勉強出来たもんね!」


 私が勉強出来た!?彼女の記憶はどこか別の誰かとごちゃ混ぜになっているのだろう。彼女の方が勉強は出来たし、しかも早稲田大卒だ。私が短大卒ということは知っているはずなのにー、私に興味が無いのかもしれないけれど。


「パソコン強いんだね。いいな。これからの時代、やっぱりIT系だよね。うちの子どももプログラム教室通わせたことあったけど、私に似たのかさっぱり駄目で。」


 彼女にヨイショされて、私は自分を高く見積もってしまう。
もう一人の自分ーではないけれど、こうなったらいいなと思う自分を創造してしまうのだ。


「パートだけどね、システム任されてて。知識なんて無かったけど勉強したの。やればやる程分からないことだらけだけどこの年でまた勉強出来るのって楽しいよ。社員並みの仕事でこの時給?って思うことはあるけどね。テストケース考えたり、恰好良いデザインのページが出来ると嬉しいよ。」


 ペラペラと自分ではない誰かが調子良く喋るのだ。食堂の隅でパンを齧っていた時、新人の子達が会話をしていたそれをそっくりそのまま自分のことのように話すアラフィフおばさんの正体は、コンプレックスの塊で、なのにどうしようもない見栄っ張り。
そんな私の正体を知らず、旧友はにこにこ耳を傾けてくれるのだった。

 かおりは卒業後、銀行に勤めて出産を機に辞めた。そして今度は営業をやってみたいと子育て真っ最中だというのに社会復帰したはず。


「あの仕事はね、もう辞めた。楽しかったんだけどね、子どもが学校行き渋りになったり旦那とも喧嘩が絶えなくて。家の中がとにかくめっちゃくちゃになっちゃって。だからまた古巣に戻ろうと思って銀行パート始めたんだけど。」


 そこからは、彼女の悩み相談。あんなに逞しかった彼女なのに、パート先で辛い思いをしていると言う。
銀行の窓口業務ではない経験者だからこその裏方で働いているらしいのだが、その業務が神経も使うし大変だという。独身時代にやっていたしもっと自分が出来ると思っていたけれど、行内では「使えないパート認定」をされているらしかった。
仕事を覚えるのも大変で、マニュアルなど自分で作成しても持ち帰ることは勿論出来ないし、だから業務中に覚えないとならなくても次から次へとやるべきことが多く、まとめている暇も無いのだと言う。


「旦那もね、もう辞めたら?って言うんだけど。家のことも別の意味で出来なくなっちゃって。パートの日は家事が手に付かないの。」


 私も!私もそうだよ!!と言いたかったけれど、それだと会話泥棒になってしまう。
今は彼女の悩みをとことん聞こうー、そして勝手に共感をおぼえる。
私だけじゃないんだ、パートといえどこうして真剣に取り組んで、それでもうまくいかなくて、もがいて悩んで眠れなくて何も手に付かなくてー、辞めたい気持ちと戦いながらも踏み切れない。


「大学まで出して貰ったのにね、情けないよ。時給も最低時給だよ。」

「え?銀行なのに!?」

「銀行の時給って案外安いんだよね。割に合わないよね。」


 彼女の話を聞き、その業務内容を聞くと、私の仕事とはまた違う大変さがある。絶対に間違えられない緊張感。ある意味常に人の目にさらされている。私語も厳禁、勿論、デスクでお茶を飲んだりも出来ない。
そして、普段よく行く銀行の出入り口にいる年老いた女性を思い出す。彼女は番号札を取るとその先の案内をしてくれるのだけれど、きっと物凄く出来る人なのだ。


「まさかこの年で挫折するなんてね。あんまり仕事で悩んだことなかったけど、年なのかな。頭の回転も鈍ってる感じ。」


 3時間程度、同じ店で話した。
仕事の話題の他は、私の夫ー彼女との間では通称「モラ夫」で盛り上がる。
元気の無かった彼女だけれど、まだ人の旦那をいじる余力は残っているようだった。
ランチタイムが終わり、店を出ないとならなくなり解散。
彼女の皿にはパエリアが半分以上残っていた。食欲も無いのだろう。
次に会う時は、美味しくご飯が食べれていますように。
彼女にはやっぱり溌剌としていて欲しいのだ。





 


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