はりぼての家

小屋 家族
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 弟からの着信が3回程あって、しかし面倒でそのままスルーしていた。
翌日、また電話があり、夕方で食事の支度などバタバタしていたけれどつい取ってしまった。


「もしもし。」

「やっと出た。ちょっと今、いい?」

「いいけど。」

「今って家?カズヒロさんは仕事?」

「うん。」


 答えるなり、すぐに電話が切れた。

ーピンポン


ドアスコープを覗くと、不精髭を生やした弟がそこにいた。

ーうそでしょ!?

突然の訪問に、嫌な予感がする。


突然の訪問には訳がある

「ちょっと、何?突然。」

「いや~、近くまで来たもんだから。」

 嫌な予感を抱きつつ、お茶を淹れる。

「あー、腹減った。なんかない?」

「・・・ちょっと待ってて。」


 相変わらず図々しい弟の要望に、なんだかんだで姉として応えてしまう。
冷蔵庫の中にあるものでチャーハンとスープを作り差し出すと、ものの5分でぺろりと平らげた。
食後の珈琲を飲みながら、部屋の中をぐるりと見渡すと、



「なんていうか・・家ん中、汚くない?」


 無頓着な弟ですら気付く、家の中の変化。
ごちゃごちゃと物が溢れている。洗濯物も取り入れてたたまずソファーにそのままだったし、ダイニングテーブルも新聞広告やよく分からない小物、それに子がいつ食べたのか分からない菓子の食べ掛けだったり、また洗ったのか洗っていないのか分からないコップの色々が置かれたまま。
最近、食器は食べてすぐに洗うでもなく、夫が帰宅する間際に洗うようにしている。
どうせ、洗っても洗ってもーなのだ。子が帰宅すれば、弁当箱だったり水筒だったり、また洗い物は増える。
とにかく、なにもかもが面倒臭い。
そんな私の疲労感など気にも留めず、弟は自分の近況を話す。

「俺さ、仕事辞めたんだよ。色々融通が利かなくなって。おやじの病院送迎だとか俺もコロナになって休んだりしてたら何となく居づらくなって。」

「あぁ、そう。」


 母から聞いて、知っていた。
だが、私が何を言ってもしても何も変わらないだろう弟の現状に首を突っ込む気力は無く、助ける気がないのなら関わるなーの実母からの言葉で見てみない振りをしていたのだ。

 弟は、成人してからいくつもの職場を転々としている。その殆どがバイトなのだけれど。
一時は本気でパチプロになろうと開店から閉店までパチンコ屋に入り浸る日常。儲ける時はそれこそ一日十万以上なのだけれど、負ける時も同じく。
綱渡り状態の日々でも何とか食べていけるのは、年金暮らしの両親のもとで暮らしているから。
いつまでこんな生活を続けるつもりなのかー。
私は自分のことだって危うい将来なのに、弟のことまで考える余地はない。



金の無心

 「でさ、ちょっと今日はお願いがあって・・」


 猫撫で声でのお願いは、ただ一つ。
金だ。
私も独身の頃は金にだらしなく、買い物依存に走ったこともあるし、キャッシングもしていた。
入って来る給料は、ほぼほぼカード引き落としでマイナスになっていたこともしばしば。
だが、結婚して私は変わったのだ。
自分で管理出来る金が無くなったことと、母親になったことで、意識が変わった。
夫に思うところはあるけれど、ある意味、夫のお陰で金銭に対する感覚が変わったのかもしれない。

「は?なんで?」

 友達の結婚が決まったから、お祝い金を渡したいーと言うのだ。
本当だか嘘だか分からない。
突っぱねると、すぐに手持ちのカードを出す弟に嫌気がさす。


「俺はさ、介護要員だから。結局、姉さんが自分のことだけ考えてられるのも俺がいるからだろ?俺だって好きでこんな生活してる訳じゃねーから。」


 確かに、年老いて病弱な父や足の悪い母の病院送迎は弟がしている。
日々の買い物だってそうだ。
それは助かるし、有難い。
ただそれは、弟だって金銭的に両親に世話になっているという関係性のうえ成り立っているようなもの。
衣食住困らない代わりに、それくらいの親孝行したっていいのではーと言い返したい気持ちをぐっと堪える。

タクシー代として

 送迎をもしもタクシーに任せるとしたら。
弟がいない、私がもしも一人っ子だとして離れて暮らしていたら。
掛かる費用を頭の中でざっくり計算すれば、それは果てしない金額になる。
なんだか考えるのも面倒になり、黙って虎の子がある引き出しを開ける。
先日、パート代が入って半分は自分の諸々に振り分けたばかり。
敢えて、小銭まで搔き集めて、弟に渡した。
その額は2万にも満たなかったので、弟は眉間にしわを寄せる。


「これだけ?これじゃ、祝い金にもならないんだけど。」

「これしか出せない。これしかないから。」

「なんだよー。打って増やすしかねーじゃん。」


 パチンコで増やそうとしている弟を、止める気力すら無かった。
もう勝手にしてくれ、早く帰ってくれーという気持ち。


「カズヒロさん、仕事どうなの?」

 夫の仕事の調子を聞く弟に、嫌悪感ですらない。
義兄の稼ぎをあてにしてるということなのだ。


「ちょっと色々揉めてるみたい。だから、うちには余裕はないわよ。」


 要らないことまで言ってしまった。
弟に話したことは、母に筒抜け―ということを忘れていた。
この張りぼてのような我が家の生活ー、夫婦生活に、弟は気付いただろうか。


「姉さん、カズヒロさんの仕事のこと、どれくらい分かってるの?」


 核心を突かれ、嫌な汗が出た瞬間、子が帰宅した。


「ただいまー。あれ?おじさん。久しぶり。」


「おう!花子。元気か?化粧?なんかケバいな。まあいいや。高校生活はどう?」


 当たり障りのない話を少しして、弟は逃げるように帰宅した。
まさか、叔父が金の催促に来たーだなんていくらなんでも姪に知られたくないのだろう。


「パパには、おじさんが来たことは言わないで。」

「え?なんで?」

「お願い。」


 怪訝そうな顔をしつつ、しかし私の切羽詰まった表情に頷く子。
家族なのに、誰とも繋がっていないようなそんな感覚を抱え続け、もう半世紀になる。


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