チャットの波

海 仕事
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 今日は休み。
昨日は本当に大変だった。
小川さんは、検査の結果コロナ。なので休み。
ぽんっと放置され、一日勉強で過ごすことになるのかーとソワソワしていたら、リーダーから声が掛かった。
パートなんかに直接何度も声を掛けてくれる立場の人ではないだろうに、この職場で初のパート採用だからなのか、まるで新入社員を扱うかのように気に留めてくれているのが分かる。
その期待に応えられないのが辛いところだけれど。
リーダーを介し、中山さんという男性社員の仕事を手伝うことになった。勿論、私より若い。入社5年目だという。
彼は自席を立つことなく、席にいる私に軽く会釈すると、チャット機能を使って作業の説明を始めた。


ー中山です、よろしくー

 
 PC上に、小さなポップ画面のようなものがあらわれ、それが社内のチャットらしい。
初日、小川さんに少し教わったが使ったことは無かった。
いつも小川さんは隣に座っていたのでチャットを使う機会が無かったのだ。


ーよろしくおねあがいしますー

 
 早く返事を返そうと焦るあまり、誤字のまま送信してしまった。
しかし、そんな私の焦りなど気に留める様子もなく、中山さんは業務の説明を始めた。
そこからは、ちんぷんかんぷん。共有フォルダの中にあるデータなんちゃらのフォルダのExcelを開いて、そのExcelのなんちゃらのシートの中のデータをー・・・VLOOKUPでー


 だーっとよどみなく続くチャットの説明に付いて行けない。メモの取りようもない。
頭がパンクーそして、分からないことが分からない。彼のチャットを遮って質問をする隙も無い。

ーそういうことでお願いします。何かあればチャット下さい。それと、今度の月曜までに終わらせてくれたらいいのでー


 こちらの質問タイムもくれない。小川さんとはまったく違う仕事の振り方に、人が違うとこうも違うのかと愕然とする。
彼の方を見ると、誰も寄せ付けない雰囲気で黙々と自分の作業をしており、とてもじゃないが、今の説明をもう一度ゆっくりかみ砕いてお願いしますーなんて言い出せない。

頭からつま先まで痺れたような違和感を抱えつつ、必死にチャットの履歴機能を探す。
あった!と見付けるまでに30分も掛かった。
そして、履歴を遡る。ずらーっと中山さんからの作業指示が流れる。やっぱりよく分からない。何度読み返しても分からない。
とにかく、どのファイルを使うのかは分かったけれど、そこから私がやらなければならないExcel処理。
困った。しかし自分で何とかしなくては。
ネットで検索しながら、試行錯誤。大丈夫、ゆっくり順を追えば出来るはずと自身に言い聞かせる。
月曜まで猶予があるのだ。



 あっという間の退社時間だった。
検索しつつ、これでやり方は合っているのか?途中経過を見て貰っていないので分からないまま。
だが、見た目はそれらしく出来ている気がする。まだ完成してはいないけれど、やっぱり中山さんにいったん見て貰った方が良いか?
中山さんがいる方を見ると、不在。いつの間にー
仕方がないので、チャットでメッセージを送る。


ーまだ途中ですが、不安なのでご確認いただきたいです。このやり方で良ければ、月曜も続きの作業をします。申し訳ありませんが、退社時刻なのでお先に失礼しますー


 後ろ髪を引かれる思いでの退社。
とにかく、仕事がいっぱいいっぱい。コンビニで買ったパンも喉を通らず半分程残したものがバッグに入っている。
初めてー、自席で昼食をとったのだ。それくらいやらないと作業が終わらない気がしたから。
前方と斜め前の席の男性社員も同じく自席で何かを食べながら仕事をしていた。
彼らは隣同士の席で、しかも年齢も近そうだ。昼休みくらい雑談があるのかと思ったけれど、特にない。この業界はこんな感じなのか?それとも男性だから?
斜め前の男性は、食べながらの作業後、自席に突っ伏して昼寝をしていた。

 これまでのパートで抱えていた人間関係の悩みー、群れだとかぼっちだとかランチの時間はどうしようだとかーそんな悩みが生まれる余裕すらないこの仕事一色の世界に、私がいること。
泳ぎ方も分からないのに、陸も見えない太平洋の真ん中にぽんと投げ出されたようだ。
まだ嵐も来ない平和な海面に、辛うじてゆらゆらと漂う。
潮の流れに今は身を任せるしかない。










 

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